東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4775号 判決
昭和二八年一一月二一日原告協和醗酵工業株式会社と被告株式会社勝己との間に本件和解が成立したこと、原告会社が本件和解契約の履行として同日金二千六百万円を被告会社に交付したことは当事者間に争がない。
原告は本件和解は被告会社が訴外帝国化学工業株式会社に対して本件約束手形(原告会社振出、訴外帝国化学工業株式会社を受取人裏書人とする約束手形十七通、額面総計五千万円)を割り引いて全額支払つたことを前提条件としてなしたのに、事実はこれに反して被告はこのうち三通金額合計八百万円の手形については四百七十万円を支払つただけであり、残額三百三十万円はこれを支払つていないのであるから、結局被告の詐欺によつて和解したものであると主張し、被告はこれを争うからこの点につき判断すると、証拠を綜合すると、前記手形十七通はすべて元原告会社の社員であつた訴外高橋繁夫が無権限で振り出したものではあつたが、右高橋は原告会社の資金課長の職にあり原告会社と無関係とは主張し難い関係にあつたから、原告会社としては被告会社からの右手形金支払の請求に対して偽造手形であるとして強く拒絶することもどうかと考え、適当な金額で示談したい腹であつたので、右手形金全額の半額である二千五百万円とその他被告会社が右約束手形十七通の中十通についてはこれを支払銀行に対して呈示しないことを原告会社に約してくれたため、原告会社は不渡処分を免れるための供託金を提供する必要がなくなつたので、その謝礼として手形一通について十万円合計百万円、以上合計二千六百万円を原告会社は被告会社に支払う、被告会社は裏書人たる訴外会社に対する二千五百万円の請求権は留保するが、原告会社に対しては他に一切請求しないということで本件和解が成立したこと、原告会社としては被告会社が善意で本件各手形を割引の形式で譲渡を受けそのためにいわゆる割引代金を支出したものと信じ、その前提で本件和解に応じたものであることを認めることができる。
ところが被告会社と訴外帝国化学工業株式会社との間の裏書譲渡について、原告主張のように一部いわゆる割引代金が支払われていなかつたことは被告も明らかに争わず、証人の尋問の結果によつてもこれを認めることができる。
しかしながら証拠によれば、本件和解の成立に至るまで被告会社を代理して原告会社と交渉していた伊藤盛衛は、その交渉の間原告会社の代理人から被告側にいわゆる割引代金が幾額であつたかという点について、特に確め念をおされた事実はなく、(却つて、原告会社は訴外会社に対して問い合せて調査していたことがある)、右伊藤が自ら進んで右割引代金の支払の点について説明はしなかつたけれども、ことさらにそれを隠したとの事実はなく、又被告会社に右金額について原告会社を欺しそれによつて多額の示談金を入手しようとする意思などなかつたことを認めることができる。
以上認定の事実関係からすると、本件和解は被告会社の訴外会社への割引代金支払を前提としてなされたものであると認められるけれども、その支払金額の点について被告会社に欺罔行為又は欺罔の意思があつたとはいえず、被告は詐欺による不法行為の責を負うべきいわれはないというべきである。